ファミコン買ってもらえなかった少年がハドソンの思い出を書くよ

急にハドソンのことが語りたくなった - Hisakazu Hirabayashi * Official Blog
親からゲーム機を買ってもらったことがない。

小学校1年の時にシャープのパソコン"X1"を買ってもらってそれきりだった。媒体がカセットテープで、読み込みに5分かかる代物。ゲームをやって遊ぶには、雑誌に掲載されているBASICを手打ちするか、市販のテープ版ゲームを買ってくるしかない。もっぱら「マイコンBASICマガジン」を買ってプログラム打ち込んでは、カラーのゲーム広告ページに胸をときめかせる日々だった。このX1用BASICを開発したのがハドソンだった。

ゲーム広告のページもハドソンが主役だった。当時のハドソンの技術力は凄まじく、ファミコンのベースボールよりもずっと精巧な「野球狂」を出していた。任天堂からライセンスを受けてマリオブラザーズの亜種版を作ったり、ファミコンの「アイスクライマー」「エキサイトバイク」「バルーンファイト」をそれぞれカセットテープに完全移植したりもしていた。広告には蜂のマークに住所の札幌市。同じ北海道にこんな会社があるということに衝撃と憧憬を持っていた。大人になったらハドソンに入るという夢ももちろん持っていた。
それ以降はボンバーマンだろうが高橋名人だろうがPCエンジンだろうがどうでも良かった。いや、それよりもハドソンはもっとすごいんだよ!と友達に説明しようにも、伝える言葉がなかった。必ず専門用語が混じってしまうからだ。


コナミの完全子会社となったが、技術力で一点突破するあの姿勢だけはどこかに残しておいてほしい。子供に「ハドソンすげぇ」っていつまでも思われるように…。