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最近の勉強スタイルが最強の勉強スタイル

今日は大学センター試験。そして私は今月末に控えるTOEIC試験に向け勉強中。
今現在の自分の勉強スタイルを俯瞰的に見て、さらに大学在学中の勉強スタイルを振り返ると、なんと高校時代の受験勉強スタイルが固定観念に囚われたものかと我ながらあきれかえってきたので、反省の意味も込めてまとめておく。もし受験勉強中の人がいたらヒントにしてくれるとうれしいな。同じ事をやれとは言わないが参考になればこれ幸い。


結論:椅子に座って机に向かう必要はない


私は大学入試に失敗した。第1志望も第2志望も落ちた。先生からもう1個滑り止めしとけと言われ、出願日締め切り間際に速達で願書を出した大学にようやく拾われた。先生の言葉に従って願書を出してなければ危うく浪人するところだった。完敗である。


高校時代の自分は、受験勉強とは静かな環境で椅子に座り、机に向かってするものという固定観念に囚われていた。放課後に自習室や図書室を使い、休日は図書館、家でも勉強机に向かっていた。
これがいけなかった。静かな場所というのはかえってピリピリした緊張感に神経がさいなまれる。また、こういう環境には得てして小声で私語をする輩がいる。ヒソヒソ声というものは大っぴらにしゃべられるよりも余計に神経を削がれるものだ。どうせしゃべるなら普通にしゃべってくれ。
このやり方がいけないと早くに気付かなかった自分が悲しい。過去に戻ってアドバイスしてやりたい。
がんばればがんばろうとするほど、この勉強スタイルに囚われ、より静かな場所、より座り心地がよく集中できそうな場所を求めてさまよい歩いていた。焦りといらだちでどんどんとどつぼにはまっていった。


大学時代、理系だったので試験前には微分やら積分やらの方程式の解き方を頭から終わりまでまるっと暗記しなければならなかった。電気回路から電磁気学から何から何まで微分積分方程式がついて回る。しかも単位を落とせば次の年にもう一度受講しなければならない。仮に必須科目が重なれば留年が確定する。これはある意味、高校時代よりシビアだ。一晩の暗記量が人生の一年分を左右しかねない。
暗記するためにはなりふり構わなかった。試験が終わると友達で集まって試験の解法を持ち寄り、それから家に帰って5時間程度寝て、起きたら徹夜で数式の暗記に取りかかる。ノートに書いて暗記しているような時間の余裕はない。数式の書かれたノートや紙切れを持ち歩き、ぶつくさぶつくさ唱えながら部屋の中をうろうろと歩き回った。紙に目を落とし、ひとつたりとも間違えていないことを確認し次の数式に移るという作業をひたすら繰り返した。
人生でいちばん勉強したのが大学時代だった。


勉強なんて、机なんかなくたって、椅子に座らなくたって、静かじゃなくても、いいんだ、頭に入ればそれが勉強なんだ。って開き直るというか、固定観念をぶちやぶることができた経験だった。


そして今。英語やら何やらいろいろ勉強を重ねてきたけど、勉強机や代用になるテーブルもない。気付けば、パソコン用の椅子の上にノートを置き、問題集は床に置いて、あぐらをかいて勉強している。どうでもよくなってくると床にノートを置いている場合もあるし、さらには床に寝そべって問題を解いていることもある。筆記具は筆圧を使わなくていいから万年筆を使っている。頭に入れば何でもいいから、格好はどんどんと崩れていっている。最後はどうなるのやら。


追記:キヤノンのある工場には椅子がないというニュースを見た時、少しナイスと思った自分は社畜でしょうか