落日燃ゆ/城山三郎

これはスゴ本だった。ラストの第11章は身震いがした。鳥肌が立った。

この本は、太平洋戦争が始まるまでの部分と、太平洋戦争終結後の軍事裁判の様子を、外交官であり首相も務め、A級戦犯となってしまった広田弘毅を通して描いた本だ。

正直なところ、日本には「なぜ戦争が始まったか?」を書いた本が少ないと思う。小学生のうちに原爆と沖縄戦をショッキングな写真とともに教えられ、「戦争は悲惨だからやめましょう」と説かれる。なぜ戦争が始まったかはわからない。かろうじて真珠湾攻撃によって開戦されたとわかるが、なぜ攻撃を仕掛けなきゃならなかったがあまり教えられる事はない。
中学生くらいになると、特攻隊について知るように成り、硫黄島の激戦やグアムでの凄惨な戦闘を知るようになる。自分はこの段階で、なぜ日本が硫黄島やグアムといった南方の島を必死に守ろうとしていたのかよくわかっていなかった。
ここから自力でいろいろな本を読んだりドキュメンタリーを見たりしていくうちにいろいろな事を学んだ。世界恐慌からのブロック経済への流れ、ハルノートにより生命線を断たれた日本、石油資源を確保するために東南アジアに侵攻して行ったこと、ミッドウェー海戦で負けて日本軍が一気に劣勢に立ったこと。日独伊三国同盟vs連合国軍の戦況について詳しく知るようになり、第二次大戦開戦直後のドイツの驚異的な進撃や、ノルマンディー上陸作戦での連合国の成功を知るようになる。ここまででおおよその太平洋戦争およぼ第二次世界大戦のBeginningからEndingまでを知った。

本書に戻る。この本には太平洋戦争と第二次世界大戦の戦闘シーンは一切書かれていない。BeginningからEndingまでの史実は全くと言っていいほど書かれていない。書かれているのはその戦争のプロローグとエピローグ。そしてそこにあるのは、軍部の暴走を必死に止めようとした外務官僚広田弘毅の姿である。軍部が暴走するたびに東奔西走し、中国やソ連と外交交渉して感情をなだめ、外交がこじれるたびにイギリスとアメリカと交渉して感情をなだめようとする姿。こういった開戦を必死に止めようとする努力もむなしく戦争が始まってしまったことの悲しさ。そして戦犯の中では最も平和的外交を押し進めたにもかかわらず、「共同謀議」して開戦を計ったと連合国側の検事にレッテルを貼られる悲しさ。全くの誤りである最終弁論に反論することは山ほどあるのに、人生訓である「物来順応」「自ら計らわぬ」を元に粛々と受け入れていくことの悲しさに圧倒されていく。

ここまで物語を読んできての広田の外交努力。その真逆に当たる判決文に憤りや悲しさを覚える。

判決文は、検事団の論告に近く、政府は軍部の侵略政策の共謀者であり、広田は首相あるいは外相として、「国策の基準」の制定などで「共同謀議」に加わったという論理である。広田の日中平和交渉の努力を欺瞞政策とし、欧米諸国との友好保持の努力も、欧米の援助を期待するための便宜作だったと、きめつけた。南京虐殺事件についても、検事論告を鵜呑みにした。

ここまでアメリカ大使のグルーは一貫して広田をかばい続けていた。敵であったはずのアメリカすらである。グルーの日記は裁判の証拠としても採用されていた。主席検事であるキーナンですら「なんというバカげた判決か。絞首刑は不当だ。どんな重い刑罰を考えても、終身刑までではないか」と発言している。アメリカ人弁護士スミスも、刑の宣告はアメリカ憲法に反するとし、「この不当な裁判から、広田ら被告を人身保護法によって救済せよ」と訴えた。
戦争を誰よりも止めようとしていた男の絞首刑。敵国からも絞首刑には当たらないと言われていた男の絞首刑。ただただ、空しさとやるせなさに落胆せざるを得なかった。

落日燃ゆ (新潮文庫)

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